和式砲術隊の行動が薩英戦争後の運命を左右したのかも。 薩英戦争も終盤、イギリス船は桜島の小池沖から撤収しようと南下、 薩摩藩が水雷を仕掛けていた桜島の燃崎と沖小島の間を通過しようとしました。 しかし沖小島砲台にいた和式砲術隊の青山愚痴隊が砲撃を開始したため、 イギリス艦隊は進路を変え、水雷が威力を発揮することはありませんでした。