野屋敷と呼ばれるこの場所は西別府(鹿児島県鹿児島市西別府町)にあり、抱地(かけち)といって藩士が開墾を許されて郊外に持った土地でした。 屋敷といっても農作業をするための簡単なものでしたが、明治6年以降鹿児島で暮した西郷もしばしば通っていました。 西南戦争時には妻イトら家族が暮した場所でもあります。