土を耕すことも西郷隆盛の中では大きな位置を占めていたのかもしれません。 明治6年鹿児島に戻った西郷は、明治8年には吉野台地の寺山に開墾社を設けます。 昼間は農業に従事し付近を開墾。夜間は勉学に励む場となっていました。